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黒曜石の夜空
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節操のない、自分の性格そのままに。
だけどその中に何か光るものがあれば……
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新釈現代文

2009/11/21 18:15
先日、書店を歩いているとふとデジャブを感じた。新刊ではあるが、どこかで見たことのあるような表紙がある。私は足を止め、その本を手に取った。
いや、デジャブではない。確かに見たことがある。ただし、見たのはもう10年以上前のことだが。黄緑の表紙もそのままにちくま学芸文庫で「新釈現代文」が復刊したのを知ったのはそのときだった。
新塔社の「新釈現代文」はそのときからすでに古臭い本だった。「伝説の参考書」とは言われていても、すでに代ゼミのなんとかだとか、駿台叢書だとかが受験生の必携となっていた時代である。
だが、背伸びしたい年頃、わけもわからないのに吉本隆明やら中沢新一を読んで語りあったこともある。そうなると「新釈現代文」にも挑戦するのも必然の流れであり、「ああ、あの本か。まあ悪くない本だとは思うけどね。」などとフカすのもまた必然だった。
まあ、最後まで読んだことは間違いない。しかし、果たして筆者の言う「一つのこと」はわかったのだろうか。無事、ではなかったが、とりあえず受験は終わった。だが、そのままちくま学芸文庫版「新釈現代文」を元に戻すことのできなかった私は、やはりわかっていなかったのかもしれない。
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クライマーズハイ

2009/11/21 18:13
ドラマ化や映画化もされたクライマーズハイ。いまさらながら原作を読んでみた。その中でふと気がついたことが。物語の中盤あたりで主人公が拾った手帳に「ロハ」の文字を発見した部分があった。さらにこの手帳には地元経済界の要人を接待する予定が書き込まれている、とくれば「ロハ」→「只」→「タダ」となって、これが汚職か何かの伏線か、と思うのも当然の流れだろう。なにしろミステリーとして売られているんだから。ところが「ロハ」とは単なるスナック「ロンリーハート」のことだった。うーん、ちょっと肩透かし。
しかし、私には肩透かし以前に、この小説はあわなかった。新聞はインテリが作ってヤクザが売ると言われているが、これを読むと作っているのもヤクザなんじゃないかと思う。登場人物は怒鳴りあっているか殴りあっているかのどちらか。熱いのは熱いんだが、著者はこの熱さに酔っているのではないか。まあ、ここまで自分の仕事に誇りを持てるのはうらやましいとしか、ダメ社員の私は言うしかない。
それにしてもこれがミステリーに分類されるのはやはり疑問が残る。もちろん日航機墜落の謎が解き明かされるなどとは思っていなかったが、ここにはミステリーの要素はまったくない。もしかしたら、このような本がミステリーのカテゴリで売られることそのものがミステリーなのかもしれない。そして、映画化されるほどの人気があることも。
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「岬めぐり」の「岬」はどこだ

2009/10/23 17:44
「そらのおとしもの」で突然に有名になった「岬めぐり」。噂では三浦半島が舞台となっているということだが、だとしたらその「岬」とはどこなのだろうか。ちょっと考えてみた。
「岬」となれば、やはり先に思い浮かぶものは三浦半島の先端であろう。だが、三浦半島の先には城ヶ島があり、「窓に広がる青い海」はあまり見えない。また、三崎港の風景も演歌であれば似つかわしいかもしれないが、フォークのメロディーにはいまいち似合わない。
三浦半島の西側には油壺などの小さな湾がいくつもあり、それらを囲む岬のどれかとも考えられる。ただ、油壺の地名の由来からもわかるとおり、「くだける波のあの激しさ」というほどの波はない。それに油壺行きのバスは油壺で折り返してしまうので、「岬めぐりのバスは」岬をめぐってくれない。
ならばということで三浦半島の東側で探してみる。東京湾に面した雨崎から剣崎にかけての海岸は、海食台地として地理マニアには有名なところだが、関東大震災のときに隆起したこのあたり海岸を歩くのは地理マニアではなくても面白い。風の強い日はもちろん、普段の日から打ちつける波も強く、ここを歩けば盗人狩の地名も素直に理解できるはずである。
加えて、このあたりを通るバスは台地の上を走るために窓から海がよく見える。浦賀水道を行くタンカーやコンテナ船などもよく見え、地理マニアにとっては二度おいしいところでもあるがそれはさておき、見える光景は「窓に広がる青い海」の歌詞そのままの光景である。それに三浦海岸駅からは剣崎行きのバスだけではなく、三崎東岡行きのバスもあるので、それに乗ればまさに「岬めぐり」となる。京浜急行が三崎口駅まで開業したのは1975年。「岬めぐり」が作られたのは1974年だが、三浦海岸駅ならそれ以前に開業しているので、その点でも矛盾しない。
これでわかった。「岬めぐり」の「岬」とは三浦半島の剣崎のことである。35年後に明らかにされたこの事実。だが、きっかけがパンツアニメとなれば、この事実は歴史の中に永遠に封印していた方がいいだろう。
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ダビンチ1月号

2009/10/20 22:13
古いダビンチが出てきたのでちょっと(のはずが長くなってしまうのは悪い癖)読んでみた。
巻頭インタビューには宮崎あおい。その中で嘘について語っている。そこでふと気になる箇所が。少し長くなるが引用すると、「”浮気も嘘をつき通せば相手は傷つかないもの”とか、そういのうは絶対に違うと思います。かといって、嘘をつかれて浮気を知らずに過ごすのか、浮気を告白されるのがいいのか……うーん、選べない。もっと歳をとるとわかるものなのかな?でも、できれば選びたくないなあ」
週刊誌で語られたことが事実なら、なんとも意味深な言葉。そして、その後の展開も予言の自己成就のような展開である。まあ、それが決して悪い展開ではないのは、やはり最年少で大河ドラマの主役を射止めた彼女の運の強さのなせる業か。
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ひとみのちから

2009/10/20 22:11
パンドラハーツのOPのCD、カップリングの曲名を「ひとのみちから」と読んでしまい、「…これは、なんとも反応に困る曲名を…」と一瞬思ってしまったのはよくある話。
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ちくしょう…

2009/10/17 18:55
「岬めぐり」は俺のカラオケの持ち歌だったのに、そらのおとしもののEDを見た後では、もう歌えないじゃないか…ちくしょう…
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今週の週刊ダイヤモンド

2009/10/06 22:20
今週の週刊ダイヤモンドはJRの秘密。鉄オタの私は期待しながらさっそく読んでみた。
だが、ページを開けばいきなりの鉄道悲観論。例の高速道路無料化で鉄道はどうなる、という内容の記事である。まあ、当然のことながら明るい記事はない。後ろ向きの記事にブルーになりながらページをめくっていくとルミネがどうのこうの。このあたり、20代から30代の女性をターゲットにした駅ビルの話なので、さっくりと読み飛ばし。後ろの方になってようやく鉄オタ向けの記事があった。
まず全国有名駅弁の紹介。かつては時刻表の欄外にはずらずらと駅弁の名前が並べられていた。今はすっかり少なくなってしまったが、こうしてまとめられると結構あるものだな、と思う。しかし、森駅のいかめしや八戸駅の八戸小唄ずし、高崎のだるま弁当や千葉駅の焼はま弁当がないのは、少々の疑問が残るところである。もっとも、上州の朝粥が入っているのは眼のつけどころがいい。このあたり、マイナーな駅弁に光をあてようという意図があるのかもしれない。だとしたら、日出谷駅のとりめしが入っていないのはちょっと残念。幻の駅弁として知る人ぞ知る駅弁なのだから。ただ、ダイヤモンドで取り上げてしまったら全国レベルで知られることになり、間違いなく日出谷駅での混乱を招くであろう、ということまで考えてのことか。いや、それこそ考えすぎか。
さらに駅トリビアということで西大山駅や野辺山駅があげられているがこのあたりは鉄オタにとっては一般常識。秘密というほどではない。吉岡海底駅だけでなく、地上にある最低駅としての弥富駅や普通に利用できる馬喰町駅などがあれば、さらにトリビアの度合いが増したのに惜しいところである。
そして、個性派車両の中にキハ40が入っていたのは頭の中に?マークの連続が。キハ40など没個性の典型的な例で、全国どこに行っても見られた車両である。出発のときなどエンジンの音が威勢良く上がる割にはちっとも加速せず、いかにも重そうな車体をのっそりと動かしていたものだった。あれが個性的とはとても思えないが、当時の国鉄を象徴する形式とするならば、逆説的に個性的な車両なのかもしれない。そしてあれほど勢力を誇ったキハ40系も、今は次々と新型車両に追いやられることに。しばしば鉄道趣味誌に取り上げられることもあるとなれば、若い鉄オタにとってはじゅうぶんに個性的な車両に見えてくるのだろうか。そしてさよなら運転の時には全国から乗りテツ撮りテツ録りテツが訪れて阿鼻叫喚の様相を呈するのだろう。だけど、彼らの目には見えていない。全国の気動車区の片隅で、剥げかけた塗装のまま雨に打たれていた数百両のキハ40は。その中には、子供だった私が夏休みに八高線を利用したときに乗車した一両もあるはずである。
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ラブプラスの原型

2009/10/06 22:17
なんかラブプラスが話題のようだが、あれって要はサターンで出ていた「ルームメイト〜井上涼子〜」ってことだろう。しかしラブプラスはこんなに話題になっているのに、井上涼子は最後はワゴンセールで投売り。挙句の果てにはワゴンにすら見当たらない現在。やはり井上涼子一択しかなかったのがいけなかったのかなあ、それともサターンが時代の先を進みすぎていたとか……
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消えた四国再発見きっぷ、そして四国再発見早トクきっぷ

2009/09/17 18:28
たまには鉄オタネタでも。
四国旅行の時にはいつもお世話になった四国再発見きっぷがいつの間にか消えていた。代わりに登場したのが四国再発見早トクきっぷ。だが、ちょっと調べてみるとこれがあまり歓迎できない。
四国再発見きっぷは5日間で5500円だったのが、これは1枚2000円。一枚あたりにすると900円の値上げ。まあ、900円ぐらいは許容範囲か、と思うものの考えてみれば倍近い値上げだし、青春18きっぷと300円しか違わなくなってしまう。四国からは出られないのに。
さらに前日までに購入しないといけない。これではジャンボフェリーで高松までやってきて、さあ四国を回りましょう、ということができない。現地初日一泊が強制となる。加えて金曜日も使えなくなっている。この1日も大きい。
その埋め合わせ、というつもりかどうかわからないが、JRバスが乗れるようになっている。だけど、四国のJRバスは誰もがご存知のとおり。喜ぶのは砥部焼を求める焼き物マニアぐらいか。それと意味もなく落出に行ってしまう私のような偏執的なオタ。
こんな埋め合わせをするぐらいなら、あの「四国鉄道まるごとパス」をもう一度発売して欲しいものである。JR九州では旅名人の九州満喫きっぷが通年に近いような形で発売されている。JR四国でもできないことはないだろう。ただ、四国再発見早トクきっぷの改悪に近い改正を見ると、たとえ発売されても昔の私を狂喜させたような形での発売はないかもしれない。
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30歳の保健体育〜恋のはじまり編〜

2009/09/08 19:17
初めに出すべきだったのはこちらではないかと思う30歳の保健体育の続編。今回は主人公が何もしなくても好感度MAXのゲームやアニメでは描かれない、30歳の保健体育の1章の部分が詳しく述べられている。
しかし、である。読んでみると、内容としては似たようなマニュアル本と大差ない。合コンに行けだとか、積極的に声をかけろだとか、いまさらそんなことを言われても、のような記述ばかりである。わざわざ30歳と銘打つほどのことではない。せいぜい、オフ会に行こう、がかろうじてネットユーザーにあてはまるだろうか。
違うのである。30歳になるまでこじらせた人間が求めるものは違うのである。空から既に好感度マックスの女の子が落ちてきたり、ディスプレイの向こうから血の繋がっていない妹が出てくることを求めているのである。
…いや、わかっている。さすがに30歳を過ぎれば声優が歌うアニソンのように「夢は必ずかなう」なんてことは起こりえないことぐらいわかっている。だが、これまでに何人ものの人がやすやすとこなしてきた、マニュアルにあるような行為が、彼らにとってはゲームでフラグをしらみつぶしに探すよりもっと難しいのも事実。
希望の残骸にすがって心の平衡を保ちながら生きる人間にとって必要なのは何か。恋愛マニュアルか、それともアニメやゲームか。しかし、どちらをとっても踊らされていることは変わりはない。踊りを必要とせずに生きていくことができるほど悟ってしまえばいいのだろうが、目の前のゲームすべてを捨て去ることができるオタがはたしてどれだけいることか。結局、「俺は2次元がいればいいもんね」と思ってもいないことをうそぶきつつ、今日も涙で抱き枕を濡らすのだろう。
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今週の週刊ダイヤモンド

2009/09/03 18:44
今週の週刊ダイヤモンドは団地特集。団地で育ち、今も団地に住む私にとってはタイムリーな特集だった。が、内容としては特に目新しいことはなかった。今までに散々語りつくされている限界集落化や高齢化など、流し読みするだけでじゅうぶんだった。
その中で表紙にあった「団地萌え」。工場萌えなど、最近はいろいろな方向に萌えが広がっているが、ついに団地にも萌えは侵食してきたということだろう。ちょっと期待しながら読んだが、残念ながら私の住む多摩ニュータウンは萌えの対象ではなかった。
まあ、そうだろう。並んでいる団地はつまらないものばかり。それへの反省とばかり凝ったものは斜め上へ。おまけに開発への反対運動、振り回された由木村の歴史。とても無邪気に「萌え〜」なんて言えはしない。他の団地の事情は知らないが、これでは多摩ニュータウンは団地萌えの対象になりようがない。
だが、待てよ、と思う。こんな歴史を背負わされ、おまけに限界集落がどうのこうのという現代の病理を代表するような取り上げ方をされる多摩ニュータウン。それにもかかわらず、団地は黙ったまま重い歴史を作っていく。なんと健気ではないか。これこそ「萌え」でなくてなんであろう。
まあいい。「萌え」なんて極めて個人的なもの。別に誰かに萌えてもらう必要なんてない。しかし、やはり私は寂しい。シャッターが下りた商店街を通り、統合された小学校の横を歩きつつ、この報われなかった街にほんのわずかの光でも差さないかと思うのである。
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北アルプス裏銀座縦走・蓮華岳〜船窪岳〜烏帽子岳〜野口五郎岳〜黒部源流(その3)

2009/08/25 22:22
夕食が終わると小屋のあちこちでは山行自慢で花が咲く。それにしても他人の山行自慢はなぜこんなにつまらないのだろう。まあ、自慢話などは概してつまらないものだが。起きていると話を聞かされるので布団に包まって明日の行程に想像をめぐらす。
それにしても強い風雨である。小屋の窓を打ちつける雨。壁を叩きつける風。しばしば小屋が揺れるほどであった。
しかし、翌朝になると風も幾分かはおさまっていた。まだ暗い4時30分に出発する。今日の行程は長い。最終バスに間に合わせるためには、7時間後には新穂高温泉に下りていなければいけない。
まずは野口五郎岳への登り。地図によると巻き道があるとのことだったが、発見できずに終わる。ただ、巻くほどのことはなく頂上には立てる。
次第に明るくなる中を水晶小屋へ急ぐ。やがて岩場が出てくるが、船窪岳の岩場に比べればどうといったことはない。足場も手がかりも豊富である。
コースタイムより30分早く水晶小屋へ到着。いい感じのペースである。左手には槍ヶ岳、右手の彼方には剱岳が朝日を受けて赤く輝く。今日は天気の心配はしなくてすみそうである。
ここからは黒部川源流に向けて一気に下る。左手に鷲羽岳の端正な姿、正面には天上の楽園のような雲ノ平が見える。時間さえあればゆっくりと歩きたい所である。だからこそ今日は無事に帰って、また来る機会を作ろう。
源流への道は昨日の雨の影響か、道が川となって歩きにくい。なぜここに碑が?と思う黒部川源流の碑を通り過ぎ、ひとしきり登れば三俣山荘に到着である。
顔を上げれば間近に迫る槍ヶ岳。逆光となっているのがちょっと残念だが、それでも誰もが認める美しさは逆光でも変わらない。
三俣山荘からは巻き道に入るが、この巻き道は意外にアップダウンが多い。特に最後の急登は疲れている体にこたえる。
双六岳からの道を合わせるとやがて双六小屋。いよいよ新穂高温泉へのラストスパートである。
左手に見える穂高連峰の眺めに励まされ、弓折岳に着くと登りもこれで終わり、あとは鏡平に急降下するだけである。日差しのさえぎるもののない道をひたすらに歩く。
それにしてもこの小池新道、やたらに暑い。下る私でもけっこう「くる」ものがあったぐらいだから、登ってくる人が皆疲れている様子なのも当然である。帰りのバスに間に合わせるために、石の上を飛ぶように歩く。
しかし、なかなか下界には着かない。バスの時間は刻々と迫ってくる。ほんとうに長い道である。ようやく林道に出たが、ここからさらに1時間はたっぷりと残されている。普通の人ならクールダウンにちょうどいい林道であるが、こっちはクールはもちろん、ダウンなどもしていられない。
長い長い道だった。ロープウェイが見え、新穂高温泉のバス停に着いたのはバスの出発3分前だった。山の余韻を楽しむ間もなく、私は車内の人となった。
バスはいくつものトンネルを抜け、2時間もかからずに松本に到着した。気温35度の空気の中に降り立った私は、一気に現実に引き戻された。
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北アルプス裏銀座縦走・蓮華岳〜船窪岳〜烏帽子岳〜野口五郎岳〜黒部源流(その2)

2009/08/25 22:20
船窪小屋のテント場はそれほど大きくはないが、水場もあるしその点では悪くはない。しかし、この水場が曲者である。何しろ崩壊しつつある崖の中腹にあるのである。そこへ着くまでには滑りやすい斜面を下り、木からロープでぶら下がっている梯子を降りなくてはいけない。「暗くなってから水場に行くのは禁止」との標識があるが、明るくてもこれは危ない。疲れているときなど、足がもつれたらそのまま転落である。
だが、翌日の道はもっと危険であったことなど、このときには知る由はない。夜行バスのための睡眠不足もあり、寝袋に包まるなり私はすぐに眠りに落ちた。
翌日は船窪乗越へ急坂を下る。左側(南側)がすっぱりと切れ落ちており、慎重に足を進める。
昨日までは良かった天気はどこへ行ったのか、今日は低い雲が周囲を覆う。冷たい西風もなんとなく嫌な予感をさせる。
下りきった船窪乗越から、今度は急坂を登る。このあたり、大部分が稜線漫歩のできる北アルプスらしからぬ急坂続きである。おまけに崩れやすい花崗岩が中心となっており、滑りやすくて仕方がない。ロープに体重をかけてはいけない、というのが教科書に書いてあることだが、ここはとても教科書どおりには歩けない。あえぎつつようやく船窪岳の頂上に立つ。
しかし、先は長く、急坂はまだ続く。さらに悪いことに、崩れやすいが故に、左側の斜面はほぼ崩壊したままずっと続いている。足を踏み外せば数百メートルを一気に落ちることになる。
周囲の雲はますます暑くなり、剱岳はおろか、針ノ木岳すら見えなくなる。暑くないのはいいのかもしれないが、雨を感じさせる雲の動きは心を騒がせる。
道は忠実にピークを踏みながら伸びる。緊張を強いられる時間の連続に、疲労も次第に大きくなる。大きな岩が見えるとやっと不動岳。ほぼコースタイムどおりだった。距離の割には時間がかかっていた。
頂上からは先の南沢岳、そして烏帽子岳が見える。そして、うんざりするほど登り下りする道も見える。しかし、嘆いていても先には進まない。荷物を背負い直し、再び歩き出す。
不意に目の前に姿を現す雷鳥。だが、このようなときに限ってデジ一を準備していないものである。あわてて構えたときには、雷鳥はハイマツの中に姿を消していた。
風はさらに強くなり、雨が混じるようになる。気はせくが足はそれほど速くはならない。俺はピークハンターではない、と心の中で正当化し、烏帽子岳にも登らずに烏帽子小屋に直行した。
ここで荷物を降ろして一休みを取る。ここのテント場を過ぎると、次は三俣までテント場はない。このペースで行けば、三俣到着は6時ぐらいか。
天気はどう見ても良くなりそうにない。しかし、ここで泊まっては明日のうちに新穂高温泉には下りられない。しばしの逡巡の後、先に進むことにした。
三ツ岳への長い登りにさしかかる頃には、完全に周囲は雲に覆われる。風はますますひどくなり、時に体があおられるほどになる。歩みは風速に比例するように遅くなる。
それでも必死に歩く。もはや雷鳥、それもつがいの雷鳥が出てきても、ああ雷鳥ねと目を向けて終わりである。足をもつれさせながらただただ歩くだけである。
ようやく野口五郎小屋が左下に見えた時、私は迷った。このペースからいくと三俣は無理だ。ならば今日はここで泊まろうか。ここなら頑張れば明日中に新穂高温泉まで下れる。それとも水晶小屋までは行くか。水晶小屋まで行けばだいぶ明日は楽になる。
そんな迷う心が歩みを乱した。浮石に乗った私の体は前にそのまま倒れこみ、手をつく暇もなく、ザックの重さと私の体重との両方の重力そのままの力で私の顔面は岩に打ちつけられた。
起き上がった私は恐る恐る顔に触れた。眼鏡は無事だ。歯も折れていない。だが、私の心は折れていた。数分後、私はすごすごと野口五郎小屋の玄関をくぐることになった。
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北アルプス裏銀座縦走・蓮華岳〜船窪岳〜烏帽子岳〜野口五郎岳〜黒部源流(その1)

2009/08/25 22:18
天候不順が続いた今年の夏、お盆も過ぎたところでようやく天気が回復傾向となったところで久しぶりに山に出かけることにした。ただ、この時期となると愛用しているムーンライト信州は運転していない。どこに行くべきかしばらく迷ったが、長い間やってみたいと思っていた北アルプス裏銀座の縦走をやることにした。
新宿からの夜行バスは、まだ夜も明けやらぬ朝の5時に扇沢に到着する。新宿の蒸し暑さとは違う涼しさに、私は一瞬身震いしたが、背中のザックを背負い直すと山道を登り始めた。
針ノ木雪渓への道は林道を外れた後、沢を数度渡って大沢小屋へ到着する。すでに登山者を送り出した後なのか、小屋には誰もいない。小屋を過ぎてからは、さほど時間はかからずに針ノ木雪渓の末端に到着した。
いや、正確にはいつもの時期なら末端であると表現すべきか。この時期だと雪渓は大部分が溶け、雪渓ははるか上に小さく残るだけである。雪渓に到着するまではガレた高巻き道をしばらく登らなくてはいけない。
この時期、歩く人は少ない。途中で大沢小屋に泊まったと思われる数人を追い越しただけである。雪渓で転ぶ自分を見られずに済むのはありがたいが、そのまま下まで転げ落ちていったときに、発見されることも少なくなるかもしれない。
そんな下らないことを考えているうちに雪渓の末端に到着した。ここからいよいよ雪渓の上を歩く。
確かここを下ったのは一昨年だったか。やはり雪渓は下りるより登る方がいい。涼しい風も吹いてくるし、転ぶことも少ない。
振り返れば背後の山が大きい。日も高く昇ったその上の空は青く、今日の好天を予想させた。
雪渓を登り終え、最後に急な斜面をこなすと針ノ木峠に飛び出した。針ノ木小屋に泊まった人はすべて出発してしまったらしく、人の姿は見当たらない。静かな峠で一息つくと、続いて蓮華岳へ足を向けた。
蓮華岳への登りは爺ヶ岳などを望むなかなかいい道である。その後ろには剱岳が顔を覗かせており、一方で南に目を向ければ槍ヶ岳の特徴ある姿が望め、申し分ない展望である。一時間ほど歩いたところで蓮華岳の頂上に到着した。
ここからは有名な蓮華の大下り。登るときにも見えたが、道は南に向かって大きく下る。せっかく登ったのに、と思いつつ、長い下り道を歩き始めた。
このように特別の名前がついているところは、やはりそれなりの道である。長いだけでなく険しくもある。ようやく鞍部に降り立ったときには、快晴の太陽の光の強さもあってすっかりばてばてとなっていた。
喉も渇いた、安全なところで一服するか、とザックをあさる。が、一瞬の後に私の顔が青くなった。
水筒が見当たらない。確かに入れたはずなのにどこにもない。私は必死に記憶をたどった。
新宿か、扇沢か、それとも針ノ木峠か。しかし、まったく思い出せない。いや、もう思い出したところで水筒が出てくるわけがない。
とりあえず船窪小屋まで行かなくてはいけない。が、先はまだ長い。そして、太陽はの光はこれほどまでに強い。
それからの記憶は正直なところほとんど残っていない。日陰を見つけては休憩を繰り返し、コースタイムより長い時間をかけて這うように歩いていったことが、なんとなく記憶の片隅に残っている。
たどり着いた船窪小屋。市価の3倍のコーラが私の命を救ってくれた。それだけは記憶に鮮明に残っている。
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さよならMO

2009/08/11 22:16
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0908/04/news064.html
とりあえずソニーは生産を続けるということだが、実質的には終わったも同然だろう。フロッピーディスクの販売の終了がメーカーから次々に発表されてから日が浅いのに、早くもMOが同じ運命に。容量から考えるとフロッピーより延命するかと思われたが、家庭や企業に広く行き渡ったフロッピーが、広く行き渡ったが故に運命を長引かせる可能性もあるものの、限られた広まりにとどまったMOは消えるのも早いかもしれない。
過去を振り返ってみると、フロッピーが現役の頃はMOはまさに夢のようなディスクだった。何しろ1MBがやっとのフロッピーに対し、600MBである。当時から見れば想像もつかないほどの大容量だった。使うときも、システム管理者の許可を得て、押し頂くようにMOディスクを受け取ったものである。
しかし、技術の進歩は早い。DVDの容量で驚いていたと思っていたら、今は小さなUSBメモリがDVDと同じ容量を持つ。今から考えると、あんなにMOをありがたがっていた自分の姿が滑稽なぐらいである。
ただ、MOはまだいい。このような形で惜しまれるわけだから。話題にもならずに消えていったZIPはどうだ。そして、よりによってZIPを買ってしまった自分はどうなんだ…
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


つまらないネタ二つ

2009/07/25 18:01
東芝の子会社として、西芝電機、北芝電機は存在するが南芝電機は存在しないようだ。
日本コンピューター・システムという会社と日本コンピューターシステムという会社とが同時に上場されていたことがあった。ちなみに証券コードは9709と9711で隣りあわせだった。
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宙のマニマニ

2009/07/21 22:05
「おい、あれを見ろよ。列車が空を飛んでいる。」
「もしかしたら銀河鉄道999?」
「いや、違う。先頭がゴハチだ。」
「そして後ろにマニマニマニマニマニ……宙のマニマニ…」
「急行荷物列車だ!」
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勝ち組出版社

2009/07/19 20:10
たまには更新しないと、ということでふと思ったことを。
この不況の中で勝ち組出版社はどこだということがいろいろ議論されているが、その中の一つに篤姫でブレイクする前から宮崎あおいを「ウフ」の表紙で使い続けてきたマガジンハウスがあることは間違いないだろう、と個人的には思っている。ダカーポは休刊してしまったが。
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無知は恐怖

2009/06/22 22:19
先日、いわゆる実話系の雑誌を読んでいたときのことだった。都市伝説を面白おかしく書いている、コンビニの片隅においてあるようなオカルトチックな雑誌である。
その中に消えた線路がどうのこうのという1ページがあった。写真を見ると、踏切だけに線路があり、その向こうは藪となっている。鉄道ファンが見れば一目瞭然、ただの廃線である。私はさらに、その廃線が新興駅から内外輸送にまで伸びていた線路だな、というところまでわかった。
はっきり言って、別に恐怖を呼ぶようなものではない。私などはノスタルジアを感じるぐらいである。だが、知らない人にとっては「線路が消えている!なんだこれは!」ということになるのかもしれない。この内外輸送への引込線など引込線としては標準的なものだし、これで驚く人が見たら、西側の食糧庁サイロへ奇妙な曲線で伸びていた引込線など、まさにこの世のものでないように見えたかもしれない。
そういえば都市伝説として有名な杉沢村、その謎を探るというテレビ番組を見たことがある。テレビカメラが山の奥に入っていき、おどろおどろしい音楽とともに「こんなところに廃屋が!ここが杉沢村か!」とナレーターが叫んだが、それを見ていた私は思わず言ってしまった。
「ただの造林小屋じゃん……」
見る人が見れば、いや、見る人が見なくても生活道具がなく、山仕事の道具がある時点で造林小屋と気づくはずである。しかし、最近は今は林道が奥深くまで伸びているため、造林小屋を利用することも少なくなり、朽ちかけたままで放置されていることも多い。スタッフも造林小屋など知らないか、知っていても視聴者は知らないだろうと思ったのだろう。
もし、彼らが奥多摩の山中にある廃村を訪れたらどうなるのだろうか。こちらは本当の廃屋である。「山道を歩いて2時間、山の中に忽然と現れた廃村。この村にどんな伝説が……」というナレーションでもつけるのかもしれない。そして視聴者は「これが伝説のサンカ?それとも……」と恐怖におののくのか。
だが、残念ながら3,40年前までは当たり前だったそんな光景に、お楽しみな伝説はない。自動車が普及した現在、家の前まで自動車の入ることができる道があるほうが当たり前になってしまったが、当時はそんなことはなかったのである。山道を分け入らなければたどり着けないような山で生きることもできたし、生きなければならないこともあった。
しかし、そのようなことを知る人も少なくなった。鉄道貨物が減れば、工場の中に頼りなく伸びていた引込線を知る人もいなくなる。そして、トラツグミを鵺と思い込んで過去の人が恐怖していたように、廃屋や廃線跡に恐怖する人も出てくるのであろう。まあ、こう格好いいこと言っても怖いんだけどね、深夜の山、一人テントの中で聞くトラツグミやヨタカの鳴き声は……
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初恋限定 9話

2009/06/22 22:18
誰だ、あんな脚本を書いたのは。てっきり最後で曽我部が救われるのだと思ったら、何の救いもなくエンディングへ。大体アニメを見る奴なんて曽我部のような奴が多いだろうに、そのような奴への視点はまったく伺えない。視聴者に媚び媚びなのもいかがとは思うが、これはこれでいかがなものかとは思う。
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